2020年5月ごろ、学校教育に関する「9月入学の賛否に関する話題」が一般的にも広く認知されるようになりました。「9月入学問題」はどのような経緯をたどり、なぜ導入が見送られたのでしょうか。本記事では9月入学の賛否の経緯や導入見送りの過程、今後の動向について解説します。
コロナ禍で9月入学の導入論に火がついた
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、9月入学の導入に向けた議論が大きく注目を集めました。きっかけは2020年4月28日に開催された県のトップたちによるオンライン会議です。17県知事による「日本創生のための将来世代応援知事同盟」は、政府に対して9月入学制の検討を要請するメッセージをまとめました。
9月入学導入の目的は、学習や運動の機会を確保することです。2020年3月2日から感染予防のための臨時休校要請が続いた中で、保護者や教育現場には授業が遅れることへの不安が叫ばれていました。進級・進学の時期を現行の4月から9月に変更することで、導入年度の就学期間を最大で1年5ヵ月とることができます。
オンライン会議の翌日に行われた衆議院予算委員会では、安倍首相が9月入学導入の是非を問われ「前広にさまざまな選択肢を検討していきたい」と答えています。この前向きともとらえられる発言により、導入が現実味を帯びることになりました。
9月入学に関するこれまでの議論
9月入学導入に関する議論は、新型コロナウイルス影響下に突如として始まったことではありません。特に大学9月入学の促進は、2012年における自由民主党の公約にも掲げられていました。多くの国では9~10月の秋入学が一般的となっていることから、グローバル化が主な目的に挙げられています。
一部の大学では、すでに秋入学を実施しています。例えば、外国人学生向けに9月入学生を募集している獨協大学や帰国学生向けに10月入学を行う筑波大学など多岐にわたります。現代の日本では4月入学が一般的になっていますが、明治時代の初期には日本も諸外国に倣い9月入学を採用していました。
ところが会計年度が4月~翌3月になったことに伴い、1900年代の初めには4月入学に移行することになります。国際社会では日本のような春入学は少数派です。さまざまな分野でグローバル化が進む中、秋入学はたびたび議論されてきました。1980年代には中曽根内閣のもとで臨時教育審議会が研究調査をまとめています。
9月入学のメリットとデメリット
今までされてきた議論の中で9月入学の主なメリットは「国際社会との協調」でした。大学は世界中から優秀な学生を迎えることができ、留学もしやすくなり、企業にとっても採用の枠が広がるでしょう。さらにコロナウイルス影響下では「授業時間の確保」という差しせまった課題を解決できます。
デメリットはより具体的に論じられています。前述の臨時教育審議会では、入学前に長い夏休みがあることで「非行が増加するのでは?」という懸念が示されていました。本来は3月卒業、4月入学だったところ、中学や高校の卒業時期が7月になると9月の入学まで担任教師がいない状況で1ヵ月強を過ごすことになるからです。今回の議論では義務教育や高校教育も対象となっています。
しかし大学のみ9月入学とした場合、半年間の空白期間(ギャップターム)が生じます。授業では体験できない活動に力を入れることができる一方で、就職時期が遅くなることにより家計の負担は増えることになるでしょう。
導入が見送られた理由と経緯
2020年5月上旬に日本経済新聞が47都道府県知事に対して行った9月入学に関するアンケート調査によると、賛成が約6割と過半数を占めたものの圧倒的な差はつきませんでした。NHKが行った世論調査でも賛成が41%、反対が37%と拮抗しています。賛否両論ある中、与党内では検討チームが設けられ文部科学省においてもさまざまなシミュレーションがなされました。
検討が進むにつれて導入にあたって困難な問題が次々と明らかになっていきます。例えば、導入時期は1学年の人数がそれまでの約1.4倍となり教員や教室を確保できるかどうかが課題となりました。また義務教育の開始時期が遅くなることも懸念されています。例えばイギリスにおける就学年齢は5歳です。
今の日本で入学時期を5ヵ月遅らせると7歳4ヵ月まで学校教育を受けられない子どもが出てきます。これでは9月入学の本来の目的であったグローバリズムに反する結果となるでしょう。お金の問題も生じます。文部科学省の試算は、学年が5ヵ月延びると給食費や学外活動費など家庭の負担が約2兆5,000億円増えるとしています。
大学の授業料も1兆1,000億円増加し、これを学生側か学校側のどちらかが負担することになるのです。この試算結果は2020年5月15日に行われた衆議院予算委員会で発表されました。多くの課題が具体的になる中、自民党の「秋季入学制度検討ワーキングチーム」は同年5月25日に全国の自治体の首長に向けたアンケート調査を実施しました。
全国市長会と全国町村会では、反対意見が約8割という結果に。「コロナウイルスの感染対策や実際の教育現場における子どものケアが優先される中、9月入学を議論している場合ではない」 という意見もあります。同日、安倍首相は記者会見で「慎重に検討していきたい。拙速は避けなければならない」と述べています。
慎重論が強まる中、同年6月5日に萩生田文部科学相が記者会見で導入見送りを正式表明しました。
9月入学の議論は再燃化するのか?
コロナウイルス影響下における拙速な議論を避ける形で9月入学の導入は見送られました。もし導入されていたら兆円単位の家計負担や就学時期の遅れなどの問題が生じていた可能性が高いといえます。9月入学導入の是非は30年以上の長きにわたって論じられてきました。その背景には、国際社会への協調を重んじる考え方があります。
2020年7月14日、萩生田文科相は政府の教育再生実行会議において「9月入学」を検討テーマとして取り上げる考えを明らかにしました。今後も世界基準にあわせるべく9月入学の議論が再燃化する可能性は十分にあるといえるでしょう。
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